As 第一部

関東軍栄光の進撃

第二話『夜明けの侵入』外伝

『遥かなる恩讐』

20481月末日……

大陸東岸、ガザールとタイグーンの国境の町、国連自治地帯「ゴーリョン」。現地民が「関東州」、中原文明地帯の東と呼ぶ地域。

工業団地建設候補地を視察中の多国籍企業「ICX(アイクス:インターナショナル・シティ・エクスプロイテーション)」の幹部数名が正体不明の武装集団に襲撃され、車両もろとも爆殺された。

ICXの資本基盤はバランギ帝国及びその同盟国に集中している。バランギ側の関係各国はこれを、かねてより暗躍を続けているガザール・タイグーン特殊部隊の不正規軍事工作であると断定、両国への非難を繰り返した。

ガザール共和国国家最高会議は、去る110日以来、バランギ新兵器の国境侵犯問題について議論を重ねていたが、ここに至ってバランギとガザール・タイグーン同盟の対立は決定的となった。

ガザール軍統帥部は全軍の警戒態勢を「準戦時」のレベルに上げていた。しかし、バランギ軍の戦争準備と侵攻作戦遂行のスピードは彼らの予想を上回っていた。

極東弧状列島の南部。列島本島の南西部分、約3分の1、及び隣接する島々がバランギ帝国の領土だ。列島本島の西海岸に巨大な軍事拠点「FUJIジェネラルベース」がある。ここは表向きは国連停戦監視軍の駐留基地だが、内実はバランギ帝国の同盟各国の拠点であり、「バランギ軍」の新兵器開発基地でもあった。

11年戦争」の停戦条約によってバランギは軍事力の保持を禁じられている。しかしながら、同盟諸国の演習と民間企業の工業活動の陰でバランギが再軍備を着々と進めていることは公然の秘密であった。

「軍曹殿、これはどこの都市を想定した演習セットでありますか?」

新型輸送機のキャビンで新兵のオ・ランクスが尋ねた。イドン軍曹は生白い新兵の顔を片目でギロリと睨んだ。暗いキャビンの中で、オ・ランクスが息をのんで黙り込む様子がうかがえた。

「兵隊が上官ににそれを聞く権利はない。俺にもない。黙って義務を果たせ」

床に座って二人のやり取りを見守っていた20人ほどの兵たちは気まずげな様子でそれぞれに顔をそむけた。何事もなかったかのように小銃の点検を始める者、隣の戦友と苦笑を交わす者……

イドン軍曹はキャビン内の小型モニターに映る下界の「小都市」を見つめた。それは彼がバランギ国籍を得る以前、数年を過ごした大陸中央部の辺境都市の幾つかにどこか似ていた。実際にはガザールの沿岸都市の写真を元に作られた演習用のハリボテだが、少しばかり、あの名も無い辺境都市の硝煙と夕餉の香辛料の匂いをイドンに思い出させた。

ホバリングに移った輸送機はその巨体を「都市」外縁部の「集団農場」に降下させた。後部格納ハッチが開く。

「クーシェは右翼、ナオキチは左翼に展開!」イドン軍曹は分隊支援火器銃手に指示を出した。M60機関銃を抱えた銃手と、兵たちが身を低くして足早に展開する。

「情報サイトで敵狙撃手、ロケット砲兵を確認したらすぐに報告、場合によっては即座にAPCに迫撃砲、ミサイル支援を要請しろ。味方を殺すな!」

徒歩兵の後からAPC(装甲兵員輸送車)5両がゆっくりと巨体をランプから降ろしている。兵員16名を収容できるAPCは、事前の電脳図上演習では降下後わずか10分の間に、ビルに隠れた敵軍携帯ロケット砲手の餌食となって全滅している。警戒に当たる徒歩兵、分隊支援火器銃手の仕事は一刻も早く、待ち伏せのそれら狙撃手を発見して叩くことにある。

兵たちは遮蔽物に身を隠しながらヘルメット内臓のセンサーで周囲を探索した。兵たちの眼に熱感知、動作センサー情報が次々に投影されてゆく。

2月に入るとゴーリョンと近隣の都市で反バランギのデモ隊がICXをはじめとするバランギ系企業、公使館などに押し寄せるようになった。彼らの掲げるプラカードや横断幕には「侵略国家バランギに罰を!」「侵略の手先、多国籍企業は関東州から出てゆけ」などの言葉があった。それに対してバランギ関東州秘密工作機関は「ガザール・タイグーン軍事政権反対」を叫ぶデモ隊を組織して対抗した。各都市の官憲は形ばかりは反バランギのデモ隊にも規制の動きを見せてはいたものの、明らかにその動きは鈍かった。

215日、ガザール領の某港湾都市で、ついに両デモ隊の間で決定的な衝突が起こった。バランギ系企業のビルへの投石をキッカケに乱闘が始まり、ガザールの警官隊が発砲、両デモ隊、一般市民合わせて二十数名の死者、五十名に及ぶ重軽傷者を出す惨事となった。

バランギ政府は即座にガザール・タイグーンの治安維持体制の不備を批判、自国・同盟国居留民保護・自衛のため、再軍備の上、関東州への出兵を辞さず、と声明を出した。

この時点で既にバランギの侵攻作戦は既に数段階が進んでいたのである。

 

「貴機の所属を知らせよ。貴機はガザール領空を侵犯している。返答なき場合、そして直ちに領空外へ去らぬ場合はこちらは攻撃を行う用意が……」

ガザール極東空軍迎撃航空団所属の4機の戦闘機は、その警告を最後まで続けることが出来ぬまま撃墜された。

226日早暁、数十機から成る国籍不明の戦闘爆撃隊は3方面からガザール領へ侵攻、低空からまずガザール極東空軍レーダー基地十数ヵ所を爆撃、次いで空軍基地三ヵ所を空爆してガザールの東半分の空軍力を半減させ、情報収集力を無きものにした。この奇襲にガザールは完全に不意を突かれた。戦争は「明日はじまる」のではなく、「既にはじまっていた」のだ。

同日、大陸東岸の英国植民都市「ヴィクトリア」「スーチム」の二都市から「バランギ海兵隊大陸派遣軍」を名乗る陸軍部隊、合計2個旅団が関東州へ北上を開始した。「居留民保護・治安維持」の名目の下、「海兵隊」は北上の途上で立ちふさがるガザール陸軍部隊を次々と撃破した

イドン軍曹らを乗せた大型輸送機は「北支那海」を超え、西へ、大陸ガザール領へ向かっていた。

「軍曹殿、我々は何処へ向かっているのでありますか?」オ・ランクスがヘルメットを磨く手を止めて恐る恐る尋ねた。

イドンは唇の端を歪ませた。口の脇の古傷が同時に、グニャリと変形した。まるで傷の方が笑っているようだった。

「地獄さ……もっともこの世はどこもかしこも地獄だがな。俺たちが降ろされるのは、金、売女、御令嬢、宮廷料理、首切り包丁……とにかく、この世のあらゆるものが転がっている、飛び切り楽しい地獄だぜ」

イドンは歯のこすれるような笑い声を立てた。キャビンの端で古参兵たちだけが笑い声を響かせた。

陸軍歩兵及び支援砲兵部隊、合計4個大隊を乗せた大型輸送機12機がゴーリョンの西、14キロの地点に降下したのは227日早朝である。完全なバランギの制空権の中、護衛戦闘機6機のみを伴った輸送部隊は厳寒の関東州の黄色い大地に降り立った。最新装備に身を固めた兵士たち。その精強な姿はバランギの謀略が驚くほど以前から始まっていたことの証明だった。

28日、部隊はヴィクトリア、スーチムからの「海兵隊」と合流。ここに大陸駐留・テロ討伐を目的とする「Gate East Army」、通称「GEA(ゼア)」または「関東軍」と称する部隊の編成が発表された。バランギは更なる増派、関東軍強化の意思を明らかにした。大陸の反対側、小アジア、中央アジア方面でもバランギの同盟国軍による同様の動きが始まっていた。

「ガザール・タイグーンの治安維持・停戦維持能力は頼みとするに当たらず」

バランギ政府の声明文の中にはそうあった。半世紀の時を超え、11年戦争の恩讐は再び傷口を明らかにして徐々に血を流し始めた。

 

「……次のニュースです。本日未明、関東州において正体不明の武装勢力による襲撃事件が発生した模様。当局の発表によると、被害者は多国籍複合企業体「ICX」の極東支配人とその随行者とのこと。現在、犯行声明等は発表されておらず、当局では怨恨その他の線でも捜査を進めると……」

 

「消してくれ」

 

 室内を再び闇と静寂がが支配する。

 そして数秒の後に、亡霊のように音もなく複数の男達が現れる。紳士然とした壮年の白人男性、好々爺を思わせる黄色人の老人、妙齢の黒人女性、様々な民族の出自と思われる男女が円卓を囲んでいる。

 ひとつとして共通点のないように思われる彼等に唯ひとつ、共通点を見出すことができるとすれば、それは仕立ての良い高級スーツと襟元に飾られた社章だ。

 国際連合のそれによく似た、地球を模したロゴを背景に流麗な字体のアルファベットが踊る。

 

ICX」、と。

 

「諸君に集まってもらったのは他でもない。タイグーンで発生した不測事態に対する対応策を練るためだ」

 口火を切ったのは、壮年の白人男性だ。その声は先程、モニタを切るように命じた声と同じだ。その口調にはまるで淀みがない。聞くものが聞けば、それが演説の訓練を受けたものが有する、独特の抑揚だと気付くかもしれない。

 

「やはりガザールによる犯行だと言うのかね?ジム」

南欧訛りの英語が白人男性に問いかける。褐色の肌の男が、テーブルの上に資料を放って、その目で質問の意思を示した。

「タイグーンの可能性を全面的に排除する事はできんが、奴等であれば報道そのものをもみ消す可能性が高い」

「それがこうして公に報道された、ということは」

「警告、と考えるべきかもね。我らバランギが雌伏の時を終え、目覚めようとしている事に対して」

 

 紫煙をくゆらせながら、黒人女性が笑みを浮かべる。仮に豹が笑みを浮かべることがあれば、それに酷似していたであろうと思わせる、獣の微笑だ。

「しかし、どうかな…」

 しゃがれた声が響く。しなびた果実のような黄色い肌の老人のその声は、聞く者の心根を底冷えさせるかのようでもある。

「どうとは?先生」

 ジム・ダグラスは老人に視線を向けた。

「わが血族から気になる知らせが届いているのだ」

 獣の視線が老人を貫くように見た。リンダ・ブライアントの黒い肌は、こころなしかうっすらと上気しているようでもある。

「聞いておきたいわね。あらゆる可能性を」

「謀略は一筋縄ではいかん、という意味だ」

 老人は目を閉じると顔を心持ち上へ向けた。

「まさか?バランギ軍の……」

ジムは一瞬息を呑んだが、すぐに冷静な表情を取り戻した。その頭脳は静かに、しかし素早く様々な計算を繰り返しているかのようだった。予想外の情報を突き付けられても動揺を表に表わさず、瞬時に対処する態勢を取る。それが組織内で彼に与えられた使命であり、長年の訓練の賜物であった。

「リンダ」

「極東調査部への指示ならいつでも」細身の煙草を挟んだ唇が微笑む。

 

 

                                      完

 

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原典のホビージャパン誌における第二話『夜明けの侵入』は写真のみの構成になっており、前文と小林誠氏の製作記事以外の文章は存在しません。
ここでは蘭亭紅男、ZETTONの共同執筆による「第2話に相当する物語」をお送りします。
「2048年2月26日、それまで形(なり)を潜めていた『11年戦争』の当事国である『バランギ』が非武装を解いて、その軍事力を誇示しはじめた。
 近隣諸国では早くからこのことに気が付いていたが、想像を上回るその性能や異形に驚嘆の声を上げるばかりであった。
 そして彼らの乗る兵器を総じて「ASAdvanced-shape)」と呼ぶのであった。」

前文
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